井上 人太のブログ

なぜ“性能だけ良くても住みづらい家”ができるのか?

  • 2025月11年28日
  • 投稿者:井上 人太

こんにちは!

最近、お客様との打ち合わせで、開口一番こう聞かれることが増えました。 「御社の標準仕様のUA値はいくつですか? C値は全棟測定で0.5以下を保証してくれますか?」

YouTubeやSNSで勉強熱心な方が増えている証拠ですね。素晴らしいことです! でも、そう聞かれるたびに、私は少しだけ複雑な気持ちになります。そして、あえて意地悪な(でも大切な)質問を投げかけることにしています。

「仮にその数値が出たとして、もし窓がひとつもない家だとしても、あなたはそれを『快適』だと感じますか?

今日は、今の住宅業界でちょっと加熱しすぎている「性能数値競争」について、現場を知る建築士として本音を語らせてください。 UA値(断熱性能)やC値(気密性能)は確かに大切です。でも、「数値が良い家」が必ずしも「住み心地の良い家」になるとは限らない、という少し怖いお話をします。

「UA値0.46以下なら完璧」の嘘。数値優秀な家が陥る「住みづらさ」の正体

まず断言しますが、今の大阪で家を建てるなら、ある程度の断熱・気密性能は必須です。これはもう当たり前のマナーです。 しかし、「数値さえ良ければ良い家だ」と盲信して突っ走ると、とんでもない落とし穴に落ちます。

窓を減らせば数値は良くなるが…「暗くて閉鎖的な箱」に住みたいですか?

断熱性能(UA値)を良くする一番手っ取り早い方法をご存知ですか? それは、**「窓を小さくする(または無くす)」**ことです。

窓は壁に比べて熱が出入りしやすい場所。だから、窓を減らせば計算上のUA値は劇的に良くなります。 でも、その結果できた家はどうでしょう? 昼間でも照明をつけないと薄暗いリビング。外の景色も見えず、季節の移ろいも感じられない個室。まるでシェルターか潜水艦の中にいるような暮らし。

カタログスペック上は「超高性能住宅」ですが、人間が暮らす場所として、それは本当に豊かでしょうか? 私たち建築士は、数値を0.01良くすることよりも、**「朝、カーテンを開けた時の光の美しさ」**を守りたいと考えます。

換気システム頼みの家は、大阪の「春と秋」の心地よさを捨てることになる

C値(隙間相当面積)を極限まで高めて、「換気はすべて高性能な機械(第一種換気)に任せるから、窓は開けなくていい」という考え方があります。

北海道のような極寒の地ならそれも正解でしょう。 でも、ここは大阪です。 真夏と真冬以外の、春や秋、初夏。窓を開け放って風を通すと、本当に気持ちいい季節がありますよね。

数値のために「窓を開けない生活」を前提にした設計をしてしまうと、この日本の四季の楽しみを自ら捨ててしまうことになります。 「今日はいい天気だから風を入れよう」と自然に思える家こそが、大阪の風土に合った家だと私は思います。

建築士はこう考える。本当の“快適性”を作るのは「数値」ではなく「設計」

では、住んでからの「あ〜、快適だな」という実感は何から生まれるのでしょうか? それは断熱材の厚みではなく、**「設計の工夫」**です。

【動線】ハイスペックな断熱材より、ママを救う「行き止まりのない道」

どんなに暖かい家でも、キッチンから洗面所まで遠回りで、洗濯のたびにイライラする家は「住みづらい家」です。

例えば、

  • 買い物から帰って、玄関からパントリーへ直行できる動線

  • 回遊できるアイランドキッチンで、子供とぶつからずにすれ違える幅

  • 朝のラッシュ時に家族が渋滞しない、広めの洗面スペース

毎日のストレスを減らしてくれるのは、UA値の0.1の差ではなく、こういった**「生活動線のスムーズさ」**です。ここに頭と予算を使うべきです。

【空間設計】エアコン1台で冷やすには、性能よりも「空気の通り道」が重要

「高断熱だからエアコン1台で全館空調!」というフレーズ、よく聞きますよね。 でもこれ、ただ断熱性能が良いだけでは実現しません。

エアコンの風をどうやって家の隅々まで届けるか? 暖かい空気は上がり、冷たい空気は下りるという自然の法則をどう利用するか? この**「空気の道(パス)」を設計する力**がないと、いくら高価な断熱材を使っても、「リビングのエアコン前だけ寒くて、トイレは蒸し風呂」という悲劇が起こります。

性能は「エンジン」、設計は「ドライバー」です。 F1のエンジン(高性能)を積んでいても、運転技術(設計力)が未熟なら、まともに走ることはできないのです。

【実録】私が現場で見てしまった…「スペック番長」の悲劇的な結末

以前、別の会社で建てた家を見せていただく機会がありました。 そのお施主様は、とにかく性能数値にこだわる方で、設計担当者に「とにかくUA値を下げろ、窓はいらない」と指示し続けたそうです。

完成した家は、確かに冬場は魔法瓶のように暖かかったそうです。 しかし…

  • 南側の窓を極小にしたため、昼間でも常に電気が必要で気分が滅入る。

  • 風が抜けないので、春先や秋口の中間期に熱がこもってしまい、結局エアコンをつけないと不快。

  • 庭とのつながりがなく、子供が外で遊んでいる様子が家の中から全く見えない。

「スペック表を見てニヤニヤできたのは、契約の時だけでした」 そのお施主様が寂しそうに呟いた言葉が、今でも忘れられません。

大事なのは「バランス」。大阪の気候に最適な“ちょうどいい性能”とは?

誤解しないでいただきたいのは、私は「性能なんていらない」と言っているわけではありません。 大阪府内(6地域)で建てるなら、**「HEAT20 G2グレード(UA値0.46前後)」**あれば十分すぎるほど快適です。

ここを基準にして、

  • これ以上数値を追い求める予算があるなら、それを「無垢の床」や「使いやすいキッチン」に回す。

  • 窓を小さくするのではなく、適切な「庇(ひさし)」や「シェード」をつけて、日射をコントロールする。

これが、大阪で賢く建てるための**「バランス設計」**です。

過剰スペックに予算を溶かすな!浮いたお金を「暮らしの豊かさ」へ

断熱性能をG2からG3(最高等級)に上げるには、数百万円のコストがかかることもあります。 その数百万円があれば、何ができるでしょうか?

  • 家族全員で海外旅行に行けるかもしれません。

  • こだわりの家具や照明を一式揃えられるかもしれません。

  • お子さんの教育費として残しておけるかもしれません。

家は人生の舞台ですが、人生のすべてではありません。 住宅ローンに追われて生活が苦しくなっては本末転倒です。「数値」にお金をかけすぎて、「暮らし」が貧しくならないように。そのバランスを見るのが、私たちプロの役目です。

まとめ:幸せな暮らしは「仕様書」の中ではなく「現場」にある

家づくりを勉強すればするほど、分かりやすい「数値」に安心感を求めたくなる気持ちはよく分かります。 でも、どうか**「住んでからの自分たちの姿」**を想像してください。

  • 風を感じてお昼寝する気持ちよさ。

  • キッチンから「ごはんできたよー!」と呼ぶ声が届く距離感。

  • 庭の緑を眺めながら飲むコーヒーの味。

これらは、UA値やC値の計算式には出てきません。でも、間違いなく「住み心地」の一部です。

迷った時は、仕様書(スペック表)を一旦閉じて、現場に行きましょう。 そして、信頼できる建築士にこう聞いてみてください。 「数値の話は分かりました。で、この家で私たちはどんな豊かな時間が過ごせますか?」と。

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